1999年8月 No.96

脳機能に及ぼすドコサヘキサエン酸の影響

島根医科大学生理学講座講師    橋本    道男

〔要旨〕
脳は他の組織に較べ、ドコサヘキサエン酸(DHA)が多く含まれることから、DHAと脳の高次機能との関連性が注目されている。その反面、DHAなどの多価不飽和脂肪酸は、生体内での酸化ストレスを受け易く、各種疾患の危険因子となる可能性も指摘されている。今回、若・加齢ラット共に、DHA長期摂取により大脳の抗酸化機構が亢進し、記憶学習能の向上効果が見い出された。DHAによる老人性痴呆の予防・改善作用が期待できるものとおもわれる。 

    ドコサヘキサエン酸(DHA、22:6n-3)は魚油など海産物由来の脂質に多く含まれるn-3系多価不飽和脂肪酸(n-3 PUFA)の一つである。魚肉食が中心のグリーンランド先住民での心筋梗塞発症率が、獣肉食中心の欧米人より非常に少ないことが報告されて以来、n-3 PUFAの研究が精力的に行われてきた。代表的なn-3 PUFAとしては、DHAの他にエイコサペンタエン酸がよくしられているが、最近の傾向として、前者は主に中枢系研究分野に、後者は血液・循環器系研究分野に多くの研究成果が発表されている。
    脳内脂質中に存在するPUFAは、n-6系ではアラキドン酸、n-3系ではDHAが主であり、脳部位によって異なるものの、大脳皮質では両脂肪酸の総和は全脂肪酸量の50%を占めることから、DHAと脳の高次機能との関連性が注目されている。ヒトに関する研究では、未熟児を対象とした実験が多く行われ、DHAを含む母乳やDHAを添加した調製粉乳で育てられたグループでは、DHA非摂取グループに較べ、幼児期のIQ(知能指数)や視覚機能が優れている、と報告され、DHAの有用性が示されている1)。さらに、アルツハイマー型痴呆症で死亡した患者の海馬DHA量が、非アルツハイマー型痴呆症患者と比較して、顕著に低下していることが報告され2)、脳内DHAの低下とアルツハイマー型痴呆との関連性も指摘されている。動物実験に関する報告では、以前から数多くの研究者により、n-3系脂肪酸欠乏食を摂取すると血中・脳DHAレベルが低下し、記憶学習能も低下することが明らかにされている1、3)。このDHAの中枢での作用の詳細については、いまのところ不明であるが、最近、n-3系脂肪酸欠乏食がラット海馬CA1領域ニューロンのシナプス小胞密度を低下させることが報告され4)、DHAの中枢での作用機序を考える上で興味がもたれる。しかし、これらの研究の多くは、DHA(或いはn-3 PUFA)欠乏による影響を検討したものであり、DHA摂取の効果を検討したものはほとんどない。最近、我々は、若・加齢ラットを用いて、脳機能に及ぼすDHA摂取の影響について検討を行った。 
    最初に、ラットの記憶学習能に及ぼすDHAの効果を検討するために、魚油抜き飼料で飼育した第3世代の若齢(5週齢)・加齢(100週齢)Wistar系雄ラットにDHA(300mg/kg/day)を経口投与し、8方向放射状迷路を用いて、迷路実験を行った5)。8本のアームのうち任意の4本のアームの先端の孔にぺレットを置き、ラットが全てのぺレットを取り終えるまでの行動を観察し、その学習評価は、正選択数:最初の4選択中にぺレットの置いてあるアームに進入した回数、参照記憶エラー数:ぺレットの置いていないアームに進入した回数、および、作業記憶エラー数:一度進入したアームに再度進入した回数、の3つの数値を用いて行った。その結果、若齢ラットのDHA投与群では、DHA非投与群と較べ、正選択数が有意に増加し、参照記憶エラー数が減少した。加齢ラットでも、若齢ラットの場合と同様に、DHA投与群では、正選択数が増加し、参照記憶エラー数が減少した。さらに、DHA投与群での作業記憶エラー数の減少が認められた。また、若・加齢ラットを比較した場合、加齢により、正選択数は減少し、参照記憶エラー数と作業記憶エラー数は共に有意に増加した。ラットが、報酬の置いてあるアームを次回の試行まで記憶していれば参照記憶エラー数は減少することから、正選択数と参照記憶エラー数の評価は参照記憶を反映するものであり、一方、ラットが一度侵入したアームを記憶出来れば作業記憶エラー数は減少することから、作業記憶エラー数の評価は作業記憶を反映するものである。我々の研究結果では、DHA投与ラットで、参照記憶エラー数、作業記憶エラー数が共に低下したことから、DHA投与による参照・作業の両記憶学習能の向上が示唆された。これらの記憶学習能はラットの加齢により低下したが、DHAによる記憶学習能の向上効果は、若齢ラット同様に、加齢ラットでも認められたことから、この向上効果は加齢により影響を受けないことが示唆され、DHAによる老人性痴呆の改善作用が期待できるものとおもわれる。 
    記憶学習能評価後、若齢ラットの血漿・脳内脂肪酸を測定し、各脂肪酸量と迷路課題の成績との関連性について検討した5)。DHA投与群では、DHA非投与群と較べ、血漿DHA量は2倍以上増加し、逆にアラキドン酸(AA)は約45%の低下が認められた。脳組織において、大脳皮質と海馬ではDHA量の有意な増加が認められたが、脳幹、小脳では有意な変化が認められなかった。AA量は血漿での低下が認められたものの、脳組織ではいずれの部位ともに変化が認められなかった。しかし、DHA/AA比は、DHA投与群の大脳皮質と海馬ともに、有意に増加した。また、脳内脂肪酸と迷路課題の成績との関連性について検討したところ、大脳皮質と海馬ともに参照記憶エラー数とDHA/AA値との間に有意な負の相関が認められた(図1)。 
     大脳皮質と海馬は記憶機能の集積部であることから、このDHAの増加は、DHAが両部位の機能的な成熟、あるいは機能の発現に関与して、記憶機能を向上させたのではないかと推察される。 
     PUFAは生体内で活性酸素やフリーラジカルにより酸化され、これらが過酸化脂質を介したラジカル連鎖反応により増幅され、細胞傷害が惹起されることが推測されている。そのため、次に、脳内の脂質過酸化代謝に及ぼすDHA摂取の影響について検討を行った。加齢(100週齢)Wistar系ラットにDHA(300mg/kg/day)の経口投与を行い、投与12週間後の大脳・小脳・脳幹部における脂肪酸、過酸化脂質(LPO)、還元型グルタチオン(GSH)および抗酸化酵素としてカタラーゼ(CAT)とグルタチオンペルオキシダーゼ(GPx)を測定した6)、7)。
    DHA非投与群では大脳LPO量は小脳・脳幹に較べ高く、抗酸化作用を有するGSH、CAT、GPxは大脳で最も低値を示した。DHA投与群では、DHA非投与群と較べ、大脳のDHA量は有意に増加しているにもかかわらず、大脳LPO量が減少し、大脳GSH、CAT、GPxが増大した(表1)。さらに大脳において、LPO値とDHA/AA値とが有意な負の相関(r= - 0.792, p<0.05)を示し、GPxとCAT値は、DHA/AA値に対して、それぞれ有意な正の相関(r=0.730, p<0.05; r=0.870, p<0.05)を示した。これらの結果から、DHA摂取は、脳の抗酸化機構を促し、大脳のLPO生成を抑制するものと思われる。
     PUFAは、空気中で酸化されやすく、体内でも活性酸素等により過酸化を受け、蓄積された過酸化脂質が細胞に障害を与え、動脈硬化などの成人病の危険因子と成りうる可能性が指摘されている。しかし、我々の結果では、脳内に取り込まれたDHAは、過酸化を受けるより、むしろ、抗酸化作用を促し、神経細胞を、活性酸素等による酸化ストレスなどの細胞毒から防御するラジカルスカベンジャーとして機能し、脳の記憶形成・保持機能に関与する可能性を示唆した。最近、Yavineらは、DHAを羊水穿刺法で投与したところ、胎児ラットの脳内過酸化脂質の生成能が抑制されることを見い出し、分娩時における胎児脳での虚血再灌流後の酸化ストレスに対するDHAの保護作用を示唆している8)。脳組織では他組織よりはるかにDHA含量が多く、その生理的意義の解明は、複雑な脳機能を理解する上で益々興味がもたれるところである。

 
 
 

抗酸化作用を考慮したビタミンC所要量の見直し 

〈Am J Clin Nutr 1999.69, Anitra C Carr and Balz Freiより〉
    現在の米国におけるビタミンCの所要量は非喫煙者の成人男女で60mg/日であり、これはビタミンC欠乏症である壊血病予防のために必要な46mg/日を基に算出されたものである。
    しかし、最近の科学的な研究により、多量のビタミンC摂取は、抗酸化作用により、がんや心疾患、白内障などの慢性疾患の危険率を減少させることが示されている。
    壊血病予防に必要なビタミンC量は、これらの疾患の予防には、不十分であろう。栄養所要量は各集団でほとんどの人が健康を保つ上に必要な平均一日摂取量であると定義されているため、ビタミンCの栄養所要量については見直しをする必要があるであろう。 
そのため、我々は、慢性疾患予防におけるビタミンCの役割を生化学的、臨床的、疫学的な面から研究をし結果を収集した。下記の表にビタミンC摂取量と心疾患発症の危険率減少との関係についてのコホート研究の結果を示した。 
    調査結果を集約すると非喫煙者の男女で慢性疾患予防のためには90〜100mg/日が必要であると示唆される。この量は、現在の栄養所要量の約2倍であり、新しい栄養所要量には120mg/日が提示されている。 

パンテノールと肌の保湿性

    パンテノールが肌の保湿性に及ぼす影響を調べるため、乾燥肌の20人に対し、無作為二重盲検試験による、パンテノール含有(1%、2%、4%)クリームの塗布試験を行った。
    被験者の上腕部に1日2回、クリームを塗布し、角質層の水和化物を測定した。
    コントロール部分には、試験期間中、何も塗らなかった。
    以下に結果を示す。
    図はクリーム塗布後の水酸化物の変動を示している。塗布後直後に肌の水分が増加し、統計学的にみると、塗布後2時間後が他と比べて有意に増加した。プラセボクリームでも保湿効果が得られたのは、パンテノール以外の成分によるものであろう。
    すべてのクリームで効果が予想よりも低かったのは、おそらく実験が冬に行われたため、外気温が異常に低かったのが被験者の肌の水分を減少させたものと考えられる。
    肌の保湿性に関しては、すべてのクリームで良い結果が得られた。プラセボクリームによる効果は、パンテノールを加えることでさらに改善された。
    クリーム塗布による、痛みや炎症などはどの被験者にもみられなかった。 
パンテノール含有クリーム塗布による肌の保湿性効果

経口避妊薬(ピル)と栄養@

〈Nutritioral Concerns of Womenより〉
    経口避妊薬(ピル)は、徹底的に研究された薬剤の1つである。近代社会では、女性は、若い内から性的に早熟し、第1子の妊娠、出産を遅らせ、子供の人数を制限する傾向にある。そのため、出産適齢期の女性の約85%が、簡便性と有効性のある経口避妊薬を使用している。新世代のピルには、プロゲストゲンのみのピルと、低用量のエストロゲン・プロゲストゲン併用型ピル(エストロゲン50μg以下、プロゲストゲン1.5mg以下を含有)がある。現在では24種類以上の製品が市場に出ている。大多数の製品が、第1世代の高用量エストロゲン・プロエストロゲン併用型ピルの用量を変えたものである。
    過去10年間で、ホルモン系避妊薬開発での主な進歩は、三層型製剤の導入である。(例:Triphasilム、Wyeth社)。低用量ホルモンの新しい併用型製剤は、特にエストロゲン・プロゲストゲンの副作用を抑制し、女性の生理学的なホルモンの周期を模倣させ、効果的な避妊をもたらすように調整されている。これらの効果を得るためには、プロゲストゲン(レボノルゲストレール)の用量を、最初の6日間の50μgから次の5日間の75μgへ、残りの10日間の125μgへと徐々に増加させる。エストロゲン(エチニル・エストラジオール)の用量は同じ期間内で各々30、40、及び30μgである。結果として、月々のプロゲストゲン含量は39%減少し、エストロゲン用量は現在可能な最低用量に相当する用量より8%増加した。
ピルによる代謝の変動 
    ピルの広範囲での常用は、副作用の可能性について、注意不足になっている。これに関しては、現在までにも幾つかの機会に報告されている。エストロゲン、プロゲストゲンをそれぞれ単独又は併用使用すると、代謝、栄養の面で、様々な生化学的な過程の変調をもたらす。概して、ピルの摂取は、良悪両方の面で、数多くの代謝過程に影響するとみられている 栄養代謝における変動は、ピルを長期間使用した場合におこる。表に、ピルを常用した女性で起きる、代謝変動を要約した。チァミン、リボフラビン、ピリドキシン、ユバラミン、葉酸の減少が目立った。重症のビタミン欠乏性は殆ど認められていないが、潜在性ビタミン欠乏症は発症し得る。ビタミンA、鉄、銅の増加がみられたが、臨床効果を示すまでには至っていない。

経口避妊薬摂取と栄養状態 


栄養素        栄養状態で観案された変化
ビタミン:血中ビタミンA↑
血中カロテン、葉酸、ビタミンE、B12、B6、C↓
in vitroでの促進
赤血球中B1依存性トランスケトラーゼ(B1)↑
赤血球中B2依存性グルタチオンレダクターゼ(B2)↑
赤血球中B6依存性アミノトランスフェラーゼ(B6)↑
B6欠乏の生化学的徴候を示す婦人
低尿中ピリドキシン酸、低血漿中ピリドキサールリン酸、低赤 血球中アミノトランスフェラーゼ活性)は時々うつ病を併発 
ミネラル:血中カルシウム、リン、マグネシウム、亜鉛↓ 血中鉄、銅↑ 
VICセミナー開催ご案内
「ビタミン学術講演会1999」 
主催:ビタミン広報センター

共催:日本栄養士会、日本健康・栄養食品協会、    日本国際生命科学協会(ILSI Japan)、日本食品衛生学会、日本ビタミン学会    (五十音順) 
1.開催日時:平成11年9月29日(水)13:30〜16:30
2.開催場所:虎の門パストラル 鳳凰の間       (東京都港区虎ノ門4-1-1)
3.プログラム:  
1)第6次改定栄養所要量について 橋詰直孝氏(東邦大学教授)     〜ビタミンを中心として〜   2)ビタミンと疾病予防 吉川敏一氏(京都府立医科大学助教授)  
3)脳の機能発達を支える因子 野口鉄也氏(東邦大学理事長・同大学名誉教授)  
4)ビタミン研究の世界の潮流及び欧米のビタミン市場動向 ディートリッヒ・ホーニッグ博士(エフ・ホフマン・ラ・ロシュ社) 
4.参加費:無料
5.お問い合わせ:ビタミン広報センター 
〒143―0016 東京都大田区大森北1―6―8 TEL:03-5763-4119 
FAX:03-5763-4121 
※定員(約350名)になり次第、締め切らさせていただきますのでご了承下さい。 
ILSIJAPANセミナー開催ご案内 
「高齢期における骨粗鬆症の予防
・診断・治療の諸問題」
(社)日本栄養士会,
日本国際生命科学協会
(ILSI Japan)共催 
1.開催日時:平成11年11月20日(土)13:30〜17:30 
2.開催場所:昭和女子大学(東京都世田谷区太子堂1−7)
3.スケジュール: 開催の挨拶 日本国際生命科学協会会長 木村 修一先生  
1)骨の健康問題 林 史先生(東京都多摩老人医療センター 院長)  
2)骨粗鬆症の予防・診断・治療について 細井 孝之先生(東京都老人医療センター 内分泌科医長)  
3)カルシウムの栄養について 上西 一弘先生(女子栄養大学 生理学研究室)  
4)骨粗鬆症予防のための実際の食生活、通勤のあり方、望ましいライフスタイル 江澤 郁子先生(日本女子大学 食物科 教授)  
5)全体討議 総合司会 木村修一 先生(日本国際生命科学協会 会長、昭和女子大学大学院 教授) 本セミナーは生涯学習の1単位として認められます。
4.参加費は無料ですが、資料代として当日1,000円を申し受けます。
5.お申込み締切:平成11年11月10日(水)
6.お申込み方法:お申込みいただいた方には、ファックスにて参加登録証をお送りします。 参加者のお名前、勤務先名称、連絡先のファックス番号・御住所・電話番号を必ずご記入の上、下記までお申し込み下さい。
〒166―0011 東京都杉並区梅里2―9―11―403(小池ビル)  
日本国際生命科学協会 
電話 03-3318-9663/
FAX 03-3318-9554 大田区大森北1−6−8 
〒143-0016 
Tel(03)5763−4119 
Fax(03)5763−4121