1.ビオチンとは
ビオチンは、水溶性ビタミンの1つであります。このビタミンは、レバー、卵黄、穀類などの食品に広く分布しています。また、腸内細菌によっても合成されています。このため、極端な偏食や腸に疾患がなければ、普通の食生活では、一般にビオチン欠乏になることは稀であると言われています。ビオチン欠乏が起こる原因としては、摂取量の低下、吸収の阻害、先天性の代謝障害などが考えられます。
このビタミンは、体内において、補酵素としてカルボキシラーゼの働きを助けています。この酵素は、糖新生、脂肪酸合成やアミノ酸代謝などと関連しているため、ビオチンが欠乏するとエネルギー代謝や種々の生理機能が障害されます。さらに、免疫機能の低下やコラーゲン合成の低下などがみられます。この結果、ビオチン欠乏との直接的な関連ははっきりしていませんが、ヒトにおいては脂漏性湿疹や脱毛などの皮膚症状、易感染性および神経炎が知られています。最近の報告では、妊娠の経過に伴ってビオチンが低下することが示唆されています。また、動物実験ではありますが、母体のビオチン欠乏によって胎児に形態異常が誘発されます。ビオチンの代謝と関連している酵素として、ビオチニダーゼがあります。この酵素は、消化管内でタンパク質と結合しているビオチンを遊離させる働きを持っています。また、担体タンパク質として、ビオチンの吸収や輸送に関与しています。このようなことから、カルボキシラーゼやビオチニダーゼに障害がある場合にもビオチン欠乏症状がみられます。生鶏卵を長期間大量に摂取している時にみられる「卵白障害」もビオチン欠乏によるものであります。このことから、ビオチンは、ビタミンHとも呼ばれていました。この「H」はドイツ語で皮膚Hautを意味するもので、ビオチンは皮膚と関連が深いビタミンとして、古くから知られています。このため、ビオチンは、皮膚疾患の治療薬として用いられていますが、最近は新しい薬が開発され、あまり使用されていません。皮膚疾患に用いられている漢方製剤にも、遊離型ビオチンが多量に含まれています。
2.糖尿病とビオチン
掌蹠膿疱症や掌蹠膿疱症性骨関節炎は、掌や足の裏にたくさんの皮疹や膿疱ができる疾患で、これまでに治療の決め手が見つかっていません。これらの患者では血液中のビオチン濃度が半分以下で、約6割が糖尿病を合併しています。しかし、大量(9mg/日)のビオチン経口投与によって、皮疹や骨の痛みが消失するばかりでなく、血糖値も低下し、糖尿病に対してもビオチン投与の効果が見られています。
実際に、インスリン非依存型糖尿病患者にビオチンと整腸剤の併用投与を続けたところ、
全員の血糖値が正常範囲に下がってきます。またインスリン依存型糖尿病患者でも、ビオチン投与によって血糖値の正常化が見られています。ビオチンの作用機序については明らかではありませんが、ビオチンが糖代謝に関与していますので、ビオチン投与によって糖代謝が亢進し、血糖値が低下したものと示唆されています。
3.乳児とビオチン
乳児において、ミルクアレルギーや先天性代謝異常症などの場合、治療用特殊ミルクが用いられます。しかしながら、わが国では、ビオチンが食品添加物としていまだに認可されていないために、食品にビオチンを加えることができません。
このため、現在使用されている粉ミルクや治療用特殊ミルクには添加されていません。とくに、治療用特殊ミルクでは、精製した原料が使用されているために、ビオチンがほとんど含まれていない製品があります。現在市販されている粉ミルクのビオチン量は平均1.04μg/100kcalであり、治療用特殊ミルクでは平均0.45μg/100kcalであります。これは、FAO/WHO(国際連合食糧農業機関)の推奨値1.5μg/100kcalより、非常に低い値であります。このことは、わが国ではこれらの粉ミルクを哺乳している人工栄養児でビオチン摂取量が
十分でないことが懸念されます。
最近、アトピー性皮膚炎の患者で血清ビオチン濃度が半分以下に下がっていることが報告されています。またミルクアレルギーと診断された乳児を治療用特殊ミルクで哺育しているとおむつかぶれ様発疹と眼や口の周囲に紅斑が見られてきます。この患者にビオチンを投与しますと、発疹などは消失します。このようなことから、アトピー性皮膚炎の発症にビオチンが関与していることが指摘されています。ベビーフードのビオチン含有量は0-58.5μg/100gの範囲にあります。一般に、穀類、肉類を使用した食品ではビオチン含有量は高い値でありますが、果汁飲料類や乳製品を主体としたおやつ類では低値であります。まったく含まれていない食品もみられます。
一般、乳児では食事に多様性がないことや、粉ミルクのビオチン量が少ないことや消化管の機能が未熟でビオチンの産生や吸収が少ないことにより、ビオチン不足になることが心配されます。ビオチン不足になると、皮膚の形成が障害され、外的刺激を受けやすい状態になっています。このため、乳児におけるビオチンの摂取量には十分に注意する必要があります。
4.ビオチン代謝異常症
アトピー性皮膚炎と診断され、5年以上軽快することがない症例があります。このような症例には、ビオチニダーセ活性の低い患者が3-4%見出されています。酵素活性の低下のみでなく、ビオチン値も健常者の10%以下であります。しかし、ビオチン(5mg/日)を投与すると、顔面の湿疹は消失します。このように、難治性のアトピー性皮膚炎の中には、ビオチン関連酵素であるビオチニダーゼやカルボキシラーゼの欠損によるものが含まれています。
5. サプリメントとしてのビオチン
欧米では、ビオチンが身近な食品やビタミン剤に利用されています。その必要性が多くの人々に認められています。わが国では、食品添加物として認可されていないため、サプリメントとして使用されていません。これは毒性があるためではなく、ビオチンの栄養学的な重要性が十分に理解されていないためです。その証拠に、皮膚疾患の治療薬としては認められています。第六次改定日本人の栄養所要量において、ビオチンの所要量が初めて策定されました。所要量は、成人で1日当たり30μgであります。また健常者ではありませんが、ビオチンの大量(10-100mg)投与による副作用は見られていません。このため、許容上限摂取量は決められておりません。しかしながら、五訂日本食品標準成分表に葉酸やビタミンB12が新たに加わりましたが、ビオチンはいまだ収載されていません。
わが国において、2001年4月に保健機能食品が制度化され、栄養機能食品と特定保健用食品が明確にされました。栄養機能食品としては、ビオチンを含めた12種類のビタミンと2種類のミネラルの表示基準や規格基準が決められました。ビオチンの成分規格をみますと、上限値が500μgで、下限値が10μgであります。また、栄養機能表示として、「ビオチンは、皮膚や粘膜の健康維持を助ける栄養素です。」が認められています。ビオチンは、上述しましたように、皮膚の健康と密接な係わりを持っていますので、ビオチンサプリメントの有用性が期待されます。
6. 最後に
一般に、ビオチン欠乏症は存在しないと思われています。しかし、潜在性あるいは不顕在性のビオチン欠乏が存在している可能性があります。また難治性のアトピー性皮膚炎や糖尿病がビオチン不足によって憎悪されている可能性が示唆されています。しかし、ビオチンの生理機能については、十分に解明されているものではなく、さらなる研究の発展が必要であります。今回ビオチンが食品添加物として認可されるのを機に、ビオチンの重要性について再認識されるとともに、新しい研究成果を取り入れたビオチンサプリメントの利用が期待されます。
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