2003年5月 No.107    PDF

日本ビタミン学会第55 回大会を主催するにあたって

第55回大会委員長 島根医科大学学長 下山 誠

 


  下山 誠 氏

はじめに

 ビタミンの研究は、原因不明と恐れられたビタミン欠乏症に対する戦いとして発展して きた経緯をもっておりますが、21世紀を迎えた現在、高度な技術に支えられた先進化社 会においては、エネルギー摂取と消費のアンバランスの是正手段や食材の安全性への関心 の高まりと相俟って、サプリメントとしてのビタミンの健康維持・疾病予防への効果に対 する期待とニーズの大きさはかつての欠乏症との戦いにも勝るとも劣らない重要な使命を ビタミン研究に課しています。本学会の開催によって、ビタミン研究の高齢社会における 健康と長寿の推進ならびに生命科学の進歩への貢献に資することができれば幸いです。

 第55回日本ビタミン学会を、平成15年5月29日 (木)、30日(金)の両日、島根県出雲市のWelCity島根(出雲厚生年金会館)ならびに出雲市民会館において 開催します。二日間を通して114題の一般演題の口頭 発表とともに、ビタミン学会総会、今年度の学会賞受賞記念講演、特別講演およびシンポジウムが行なわれます。
 本年度の学会賞受賞講演は、大阪大学産業科学研究所の谷澤克行教授による「新しいビルトイン型キノン補酵 素の発見と生合成機構」、岡山大学薬学部の山本格教授 による「ビタミンCの分子修飾とその特性に関する研究」、 奨励賞受賞講演は、東京医科歯科大学医学部の横田隆徳 講師による「家族性特発性ビタミンE欠乏症の発見と発症 機序解明および治療法の確立」です。
 近年のNADによる生体機能制御メカニズムに関する研究の展開には驚くべきものがあります。酸化還元反応の補酵素として以外に、タンパク質の翻訳後修飾であるADP- リボース化反応や、カルシウム動員のセカンドメッセンジャーサイクリックADP-リボース産生の基質としての役割は広く知られるところとなり、ADP-リボース化反応が非常に多様であることもわかってきました。その一方で新たに、NADがヒストン脱アセチル化反応のアセチル基受容体としてクロマチン構造の制御を介して酵母などの寿 命を左右すること、あるいはNADによって開くチャネルが存在することなどが明らかになり、その研究の展開はと どまるところを知りません。今回の特別講演ならびにシンポジウムの企画では、このようなNADの多様な役割に焦点をあてました。特別講演には国立がんセンター名誉総長の杉村隆先生、ハーバード大学のDanesh Moazed 博士のお二人をお招きして、モンシロチョウのADP-リボシル

転移酵素、ならびにNADと老化についてお話しいただきます。シンポジウムでは岡崎国立共同研究機構・統合バイオサイエンスセンターの森泰生教授、筑波大学医学専門学群の三輪正直教授、島根医科大学医学部の寺嶋正治博士による、NADによるカルシウムチャネルの制御、ポ リADP-リボシル化による細胞機能の調節、および脊椎動物のモノADP-リボシル化についての講演を予定しています。これらの御講演から、ビタミンの生体内での幅の広い働きに興味をもっていただけると思います。
 因幡の白ウサギの神話に語られた日本の医学発祥の地である山陰において、日本ビタミン学会の大会が開催されますのは初めてのことです。大国主命を祀る出雲大社では、48メートルもの高さがあったとされる本殿を支える心御柱の遺構が発見されました。荒神谷遺跡での358本もの銅剣の発掘や、加茂岩倉遺跡での39個の銅鐸の発見の報道を御記憶の方も多いでしょう。日本の古代文化と神話のふるさと出雲での大会開催にちなみ、古代史研究家の速水保孝氏による文化講演「古代出雲のロマン」を一日目に企画しました。さらにこのあと引き続いて行なわれる懇親会には神話のふるさとならではのアトラクションを準備しておりますので御期待下さい。また学会終了後、古代史の舞台を訪ね神話の時代に想いを馳せ、緑豊かな出雲を散策し初夏の自然の美しさを満喫していただくことは、地方でひらかれる大会でなくては味わえない楽しみです。
 神話のふるさと出雲でのビタミン研究の最新の成果の発表と討論に多くの皆さんの御参加をお待ちしています。

 

カテキンにおける最新の研究成果と動向

〜第18回茶学術研究会講演会より〜

静岡産業大学国際情報学部教授
茶学術研究会会長           富田 勲

 


  富田 勲 氏

 

 近年、お茶のカテキン(フラバ ン-3-オール誘導体)に注目が集 まっている。その理由は、カテキ ン、中でも(-)-エピガロカテキ ンガレート(EGCG、化学構造に ついては図1参照)が少なくとも in vitroの実験系で強いフリーラジ カル・活性酸素消去効果を示すこ と、そして、抗菌作用や、消臭作 用などに加えて、がんや動脈硬化など生活習慣病に係る数多くの実験系で予防的に作用する可 能性のあることが相次いで報告されているためである。これ までに報告されたカテキンの効果・効能には大略表1に示す ものがあげられ、生活衛生や疾病予防などの広い範囲にわたっている。

図1 カテキン(EGCG)の化学構造

表1 カテキンの効果・効能


抗酸化、抗突然変異、抗がん、血中コレステロール上昇 抑制、血圧上昇抑制、血糖上昇抑制、血小板凝集抑制、 抗動脈硬化、抗菌、消臭、抗う蝕、抗ウィルス、腸内細 菌叢改善、抗アレルギー

 さて、例年3月に開催される茶学術研究会は今年は第18回を数え、3月13日、静岡市のブケ東海で開催された。一般講演としては、カテキンの、冷蔵庫(冷却ファンなど)や、エアコン(フィルターおよび送風ファンなど)における消臭、 抗菌、抗カビ効果(日立ホーム・アンド・ライフ・ソリューション(株)・船山 ら、泰陽(株)・滝本ら)とその機序について、またカテキ ンとセラミックスの結合体(カテキンハイドブリッド)に、 更にビタミンC-2-リン酸エステルマグネシウム塩を共存させ た場合のカテキンの徐放効果について(チッソ(株)・畠山 ら)報告があった。いずれの場合もカテキンの優れた効果が確認されているが、特にエアコンへの応用においては、アンモニアなどに対する消臭効果はもとより、シックハウス症候群の原因物質とされるホルマリンの除去に優れた効果がある茶の生葉を嫌気状態で保管すると、γ-アミノ酪酸(GABA)が増える。この反応を利用していわゆる"ギャバロ ン茶"が製造されているが、水流ら((株)伊藤園)は緑茶 抽出物を乳酸菌(L.brevis)で発酵させることによりつくった甘い花香のある新しい茶飲料について述べた。この他、四国 地方で古くから生産されている碁石茶や阿波番茶抽出物のヒ ト白血病細胞(U937細胞)に対する増殖阻害効果(高知工科 大学・佐塚ら)や、カテキン(EGCG)のヒトへの経口投与に おける体内動態について(スイス,ロシュ・ビタミン社・ Raederstorffら)の報告があった。緑茶抽出物から調製されたEGCG94%を含むカプセルをボランティアに単回(EGCG 50 〜1,600mg)、あるいは反復(EGCG 200〜800mg、10日間)経口投与した際の血中濃度の推移について詳しい報告があった。 血中濃度は1〜2時間で最大で、用量依存的に増えること、また半減期は4〜5時間で、蓄積性のリスクが低く、耐容性の高いことが明らかにされた。 本研究会では、茶の学術研究を助成する目的で、毎年助成希望者が公募(昨年度は6月1日から7月31日迄)されている。 昨年度の応募者は17名で、5名が選ばれ、今回の講演会でそ の成果が発表された。演題と発表者は下記の通りで、いずれもアップツウデートで極めて興味のある内容であった。

  1. 市販緑茶の品種鑑別法の開発 (農業技術研究機構野菜茶業研究所 氏原氏)
  2. 茶カテキン類の機能性にかかわる化学的基盤の確立 (長崎大学大学院医歯薬学総合研究科 田中氏)
  3. チャのシュウ酸生合成に及ぼす環境要因の解明と低シュ ウ酸茶の開発(静岡大学農学部 森田氏)
  4. 茶葉成分テアニンのグルタミン酸刺激による大脳皮質神 経細胞死に対する保護効果及びその分子機構に関する研 究(京都薬科大学 長澤氏)
  5. 烏龍茶や紅茶の花様の香りはどのように生成するのか? β-プリメベロシダーゼによる香気生成機構の解明 (京都大学化学研究所 水谷氏)



この他、本研究会のハイライトとも云える特別講演は下記の2題であった。

  1. 緑茶ポリフェノールを用いた細胞増殖制御と生体組織の 常温長期保存(京都大学再生医科学研究所 玄氏)
  2. 茶カテキンによるDNA酸化損傷抑制効果 (東京都老人総合研究所 金子氏)

これらの報告の詳細は紙面の都合で割愛するが、全般的にはカ テキンのもつ物性(水、油双方に溶解する)が、ビタミンE やCと異なって表われているように思われた。
 カテキンは、勿論、生命に直接かかわるビタミンではないが、ヒトの健康の維持、増進に深くかかわる"健康因子(ヘ ルス・ファクター)"である。近年、カテキン(EGCG)の3位 置換没食子酸の3"位がメチル化されたいわゆるメチルカテキン(化学構造については図2参照)を含む茶種、例えばべに ふうき(元来、紅茶品種)から調製された緑茶に抗アレルギ ー効果があるとして注目されている(このことについては既 に第17回茶学術研究会において、山本万里氏によって詳しく 講演されている)。興味あることにこのメチルカテキンの含 有量は茶種によってかなり異なる。最近の研究では、べにふうきの他のべにふじ、べにほまれ、やまかい、おくみどりな どの品種では、乾燥茶葉100グラム当たり0.4〜1.3グラム程度含まれているが、わが国で緑茶用茶種として最もポピュラ ーなやぶきた種には、全く含まれていないという(RYOKUCHA Vol.6,p.39〜40,2003)

 

図2 メチルカテキン(EGC3"MeG)の化学構造

 これまでお茶の生産、あるいは製品化にあたって重要視さ れてきた香りや味と並んで、いわゆる生体調節機能の高さを視点としたお茶の製造が求められる時代に入ったといえる。 いずれにしてもこれまで、カテキン、特にEGCGを中心に多くの研究成果を生み出してきた広い意味でのポリフェノールの 研究は、周辺の領域を巻き込んで更に発展し、近い将来、ビ タミン以外の"健康因子"としての位置づけを決定的にするものと思われる。
 最後に当日の本研究会では、長年にわたって茶学術研究を リードされた下記の3氏が茶学術顕彰の栄誉を受けられた。 日本茶業技術協会顧問・元農水省茶業試験場場長・中川政之氏、静岡大学名誉教授・小西茂毅氏、伊藤園中央研究所・元 農水省茶業試験場製茶部長・竹尾忠一氏

 

(-)-エピガロカテキンガレート(EGCG)の体内動態について

 緑茶による心疾患やガンの予防効果については疫学的研究が進められており、また、最近では肥満予防効果についても 注目を浴びている。緑茶における健康への効果はカテキン、特にEGCGに起因するといわれている。EGCGは緑茶抽出物中に 最も多く含まれており、抗酸化、抗ガンおよび抗血圧上昇作用などが示唆されている。しかし、ヒトにおける体内動態に ついての知見は限られており、さらにこれまでの研究には他のカテキン(EC、EGC、ECG)が含まれていたが、第18回茶学 術研究会講演会において、ロシュ・ビタミン社(Dr.Daniel Raederstorff,スイス)から、特にEGCGに着目した、ヒトに おける体内動態研究について発表があったので紹介する。
 研究会では同社にて開発に成功したEGCGを平均94%含む「TEAVIGOTM」を使用し、EGCG摂取後の血漿中の動態を測定した 結果が報告された。

方法
単回経口投与試験
対象者:白人健常男性60名、18〜44歳
投与量:TEAVIGOTM 50mg、100mg、200mg、400mg、800mg、 1,600mg を10時間絶食後に単回投与

結果
総EGCG(フリー体+抱合体)濃度とフリー体のみの動態 を表1,2に、投与後の血漿中濃度の変化を図に示した。


表1 血漿中総EGCGの体内動態

表2 血漿中フリー体EGCGの体内動態

Tmax:最高濃度到達時間

考察
 今回の試験により、通常の緑茶摂取からは得られないEGCG 摂取量(1,600mg)でもヒトに対して耐容性があること、ま た半減期が短いことから、反復経口投与でも体内への蓄積 リスクが少ないことが示唆された。 また、動物実験によると、餌と同時にEGCGを摂取すると EGCGの吸収が抑制されることが確認された。さらに、血漿 中に存在するEGCGは、その多くがグルクロン酸基や硫酸基 がついた抱合体ではなく、フリー体であることもわかった。


図 EGCG投与後の血漿中総EGCG濃度の変化
(各投与群被験者8名ずつ)

(文責編集)

ルテイン摂取による加齢性白内障患者の視力改善

B.Olmedillaら, Nutrition,19:21-24,2003より

 白内障は加齢と共に増加し、視力を低下させ、高齢者の活動範囲を狭める原因ともなる。白内障は、おそらく酸化的障害により発生・進行する種々の要因から発症する疾患である。カロテノイドやビタミンEのような抗酸化物質によるフリーラジカル消去能により、水晶体組織の酸化的障害が低減される可能性があり、ビタミンCまたはビタミンEの長期摂取や、ルテインを 多く含む野菜の多量摂取などは、白内障のリスク低減への関与が示唆されている。
 ルテイン・ゼアキサンチンはヒトの網膜・黄斑・水晶体に存在しており、ルテイン・ゼアキサンチンと白内障との間に関連のあることは生物学的にも説明がつく。また、黄斑色素密度が加齢とともに低下することも事実である。さらに、血清ルテイン・ゼアキサンチン濃度と黄斑色素密度は、食生活の影響を受け、ルテイン・ゼアキサンチンの食事からの摂取により、視力 などに効果がみられることも示唆されている。
 本研究では、白内障患者を対象に、抗酸化物質(ルテイン及びα-トコフェロール)の長期間の摂取による、血清レベルと視力への影響を調査した。

試験方法
二重盲検無作為割り付け試験

対象
加齢性白内障と診断された患者15名

摂取量
ルテイン摂取群(5名): 15mg
α-トコフェロール摂取群(5名):100mg
プラセボ群(5名):コーン油500mg
1週間に3回摂取

試験期間
2年間

図1 抗酸化物質摂取による視力の変化

表1 抗酸化物質摂取による血清濃度の変化


* P<0.005


 

結果
 ルテイン及びα-トコフェロール摂取群でそれぞれ血清濃度が増加した。血清中ルテインとα-トコフェロール濃度は摂取後 3-6ヶ月で最高濃度に達し、摂取期間中はその濃度が維持されていた(表1)。また、対象者の生化学検査の結果、副作用は観察されなかった。
 本研究は2-3年追跡する予定であったが、特にプラセボ摂取群 においては視力の改善が見られず、白内障手術などのため継続できなくなる対象者が続出した。
 抗酸化物質摂取の結果、ルテイン摂取群のみで視力の改善が観察された(図1)。眩輝(まぶしさ)の測定(グレアテスト) においても、ルテイン摂取により、ベースライン時よりも改善 された(表2)。各抗酸化物質摂取期間中に白内障の進行が抑制されていたのは、ルテイン摂取群で5名中4名、α-トコフェロ ール摂取群で5名中3名、プラセボ群では5名中1名であった。

表2 抗酸化物質摂取による眩輝の変化(グレアテスト結果)

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