2004年10月 No.109    PDF

『保健栄養学術講演会』開催報告

主催:社団法人日本栄養士会、社団法人愛媛県栄養士会共催:ビタミン広報センター
日時:2004年9月11日(土)   於)リーガロイヤルホテル新居浜

 


 社団法人日本栄養士会ならびにビタミン広報センターでは、栄養教育プログラムの一貫として、各県の栄養士会員を対象とした 学術講演会を開催しています。多種多様の健康食品・飲料が市場を賑わしており、患者さんや消費者の方々からの栄養相談や栄養 指導の際にも、健康食品や機能性成分に関する問い合わせが増加しています。そこで本会は、健康に対する個々人の自覚、特に栄養素のバランスとその役割を正しく理解してもらうために、健康・栄養指導のマンパワーと して期待される栄養士を対象に講演会を開催し、専門的な知識を理解させ、今後の活動に資 することによって、国民の健康の保持・増進に寄与することを目的として行われております。  去る2004年9月11日には、愛媛県新居浜市において、愛媛県栄養士会員約120名を対象に、 兵庫県立大学教授渡邊敏明先生には「ビオチンの生理機能と健康影響」について、また、山 口県立大学教授森口覚先生には「スポーツとビタミン」をテーマにご講演をいただきました。 ご講演内容を以下にご紹介いたします。

ビオチンの生理機能と健康影響

兵庫県立大学環境人間学部教授渡邊敏明

 ビタミンは、微量で体内の代謝に重要な働きをしているにもかかわらず自らつくることができない有機化 合物、と定義される。このため、ビ タミンの摂取量が不足すると、個々のビタミンによって特有の臨床的な 症状が見られ、欠乏症として知られている。わが国では、食生活の改善により典型的なビタミン欠乏症は減少し、ほとんど見られないが、食生活のアンバランスによる潜在性欠乏症が問題となっている。また、近年、多くの遺伝性疾患としてのビタミン依存症の存在が明らかになり、ビタミンの新しい機能が見出されている。
 水溶性ビタミンの1つであるビオチンは、カルボキシラーゼ の補酵素として、炭酸固定反応に関わっている。ビオチンは、広く種々の食品に含まれ、ビタミンB6やパントテン酸などとともに腸内細菌叢によっても合成される。このため、一般に ビオチンの不足は起こり難い。しかし、実験動物に生卵白を 多量に与えると、皮膚炎や脱毛などが起こることが知られて いる。いわゆる卵白障害である。これらは、卵白中の糖タンパク質であるアビジンが消化管でビオチンと結合し、ビオチ ンの吸収を阻害することによって起こるビオチン欠乏状態である。
 第六次改定日本人の栄養所要量-食事摂取基準-(平成11年) において、ビオチンの所要量が初めて策定された。0ヶ月以上の乳児では、一日あたり5μgであり、成人では30μgである。付加量は、授乳婦では5μgとなっているが、妊婦では策定されていない。一方、ビオチンは、五訂日本食品標準成分表に収載されていない。このためビオチンの所要量を栄養指導に十分に活かすことができない。ビオチンを多く含む食品としては、牛レバーなどの肉類、大豆などの豆・穀類、卵黄およびローヤルゼリーなどが挙げられる。

 ビオチンは、これまでに欠乏症がないとか、安全性が十分でない、などの理由により、食品添加物として、認可されていなかった。しかしながら、平成15年6月にビオチンが保健機能食品にのみ使用ができるようになった。しかしながら、 粉ミルクにはいまだに使用することができない。わが国で市販されている粉ミルクのビオチン含有量は、乳児用で平均 1.04(0.46-1.13)μg/100kcalで、治療用特殊ミルクでは平 均0.40(0.05-1.47)μg/100kcalである。これらの量は、 WHOが推奨している1.5μg/100kcalや米国の粉ミルクのビオチン含有量と比較して、著しく低い値である。このため治療用特殊ミルクを使用している先天性代謝異常症の乳児で皮膚炎や湿疹などのビオチン欠乏症状がみられている。このよう に粉ミルクを使用する場合には十分な注意が必要である。
  このほか、糖尿病や掌蹠膿疱症性皮膚関節炎の患者で血清 ビオチン量が、正常人に比べ低下している。また、インスリ ン非依存性型糖尿病患者にビオチンを投与すると、血糖値が低下することが報告されている。さらに、動物実験ではあるが、妊娠動物では、ビオチン欠乏によって胎児の発育が阻害 され、口蓋裂や小顎症などの奇形が誘発される。
  最近、サプリメントの普及や微量栄養素に対する関心が高 まっている。平成13年度から保健機能食品の制度ができ、食品と医薬品(特定用途食品を含む)が区別されている。保健機能食品は、特定保健用食品と栄養機能食品に分けられ、栄養機能食品については、その規格基準や表示基準が決められている。規格基準としては、上限値と下限値が設定されており、これらは栄養所要量や許容上限摂取量などに基づいてい る。ビオチンはそれぞれ10および500μgとなっている。しか しながら、ビオチンの毒性はこれまで報告されていない。栄 養機能表示としては、ビオチンでは、皮膚や粘膜の健康維持 を助ける栄養素である、などが認められている。
 このようにビオチンは健康と深く関わっており、その有用 性が再認識されつつある。ビオチンの機能としては、これま で、補酵素としての役割が良く知られているが、今後は、血糖調節作用、成長因子、腸内細菌叢の維持、皮膚の健康の維持などのビオチンの新しい生理機能が明らかにされることが ますます期待される。

 

スポーツとビタミン

山口県立大学生活科学部教授森口覚


これまで、運動生理学や栄養学の研 究者はオリンピック選手や国体代表選手などのトップアスリートを対象 に競技能力の向上を目的として栄養素摂取はどうあるべきかについて検討しており、一般人の健康・保持増進を対象とした研究は非常に少ない のが現状である。まず、トップアスリートを対象とした研究成果からみてみると、運動には主として白筋を使う無酸素的運動と赤筋を主として使用する有酸素的運動とがあり、これら運動時に必要なエネルギー供給を スムーズにするためには十分なビタミン補足が不可欠であることが知られている(図1)。体内でエネルギー産生に関わる栄養素として糖質、脂質およびタンパク質が知られているが、運動により多量のエネルギーを消費するトップアスリー トはその分多量のエネルギー摂取が必須であり、それに伴ない同時に体内でのエネルギー代謝に関与するビタミン補足も 必要となる。一般には糖質代謝の補酵素となるビタミンB1、 酸化還元反応に関わるビタミンB2及びアミノ酸代謝に関わる ビタミンB6などの十分な摂取が推奨されている。その他、体内でNADやNADPとして多くの酸化還元反応に関わる酵素の補酵素として働く、ナイアシンも十分に摂取する必要がある(図2)。 それ故、日本人の栄養所要量(日本人の食事摂取基準;DRIs) ではビタミンB1、B2及びナイアシンの必要量は摂取エネルギ ー1,000kcal当たりで決められている。しかし、健康保持・

増進を目的とした比較的軽度な運動ではエネルギー代謝に関 わるビタミンの血清および尿中濃度は運動の前後で大きく変 化しないことが見出されていることから、ビタミン補足は敢えて必要でないと考えられる。その他、有酸素運動時では体内での活性酸素産生が高まり、細胞膜を構成する脂質の過酸 化が亢進するため、それを防止する上でビタミンC、Eおよびβ- カロテンなどの抗酸化ビタミンの十分な摂取が推奨されている。さらに、健康保持・増進の観点から宿主免疫能と運動との関連をみた場合、適度な運動は免疫能を亢進するが、運動不足や逆 に長時間にわたる過激な運動は免疫能を抑制することが知られている。 特に、普段運動をしていない者が健 康保持・増進のために運動をはじめ た初期に免疫能の低下する可能性が大きい。そこで、日常生活の中で運動が習慣化するまでの導入部分をス ムーズに進めることが重要であり、 その一つの対策として抗酸化ビタミ ンであるビタミンE補足が有効であることが見出されている。最大限に運動効果を高めるためにも食事からの 十分なビタミン摂取が重要であり、 それでもまだ不十分な場合にはサプ リメントとしてのビタミン補足も必要であると考えられる。



図1 異なる持続時間での最大運動時の無酸素的エネルギーと 有酸素的エネルギーの相対的貢献率(Astrand, PO and Rodahl, K: Textbook of Work Physiology, New York, McGraw-Hill Book Company, 1977)

 



ルテイン摂取が血清及び黄斑色素に及ぼす影響

Martha Neuringerら, Invest Ophthalmol Vis Sci. 2004; 45: 3234-3243より

 

目 的
 ルテインとゼアキサンチンの2種類のキサントフィルは黄 斑色素の主要成分であり、加齢黄斑変性(AMD)から黄斑を 保護すると考えられる。本研究では、キサントフィル非含有 の食餌で飼育したアカゲザルにルテインまたはゼアキサンチ ンを投与し、血清カロテノイドおよび黄斑色素の経時的変化 を追跡した。


方 法
 アカゲザル18匹をキサントフィル非含有の食餌で出生から 7〜16年間飼育した。その後ルテインまたはゼアキサンチン を3.9μmol/kg/日(2.2mg/kg/日)量で24〜56週間の投与を 行った(各6匹ずつ)。投与期間中のベースライン及び4週と 12週間隔においてHPLCにより血清カロテノイド量を計測し、 二波長反射率測定法により黄斑色素密度を検定した。血清カ ロテノイド及び黄斑色素については、家畜用食餌で飼育した 動物についても測定した。


結 果
<血清中カロテノイド>
  キサントフィル非含有食を投与した個体群では、計測可能 な量のルテインとゼアキサンチンが存在せず、血清中に検出 されたカロテノイドはリコペンのみであった(<0.070μ mol/L)。この個体群にルテインまたはゼアキサンチンの投 与を開始すると、血清中のキサントフィル濃度は最初の4週 間急速に増加し、4週間までにルテイン投与群でルテイン濃 度が1.14μmol/L(範囲0.53〜1.85)、ゼアキサンチン投与 群でゼアキサンチン濃度が0.65μmol/L(範囲0.19〜1.43) に達した(図1)。投与群での血清中のキサントフィル量は、 投与後2週間までに家畜用食餌を与えたグループの量を超え、 その後ルテインについては約10倍、ゼアキサンチンについて は10〜20倍迄高くなった。しかし、血清中ルテイン濃度増加 は12週を超えるとなくなり、16週以降合計キサントフィル濃 度はどちらの投与群についてもほぼ近似した状態となった。

<黄斑色素密度>
  カロテノイド非含有食の投与後は、黄斑色素の光学的密度 は非常に低かった。しかし、ルテインまたはゼアキサンチン 投与後には血清中濃度が増加しただけではなく、黄斑色素も 蓄積された。この結果は、キサントフィルのない状態で成長 しきった霊長類の網膜であっても、ルテインまたはゼアキサ ンチンのどちらでも黄斑色素を蓄積するメカニズムを保持し ていることを実証するものである。よって、黄斑関連の疾病 のリスクがある高齢者において黄斑色素を増加させたい場合 や更に、黄斑色素密度の低い状態の続いた食糧事情の悪い人 々にとっても、ルテイン・ゼアキサンチンを摂取することで 効果を得られる可能性がある。 黄斑色素の光学的密度は最初の24〜32週間で増加したが、 その後32〜56週には更なる一貫した増加は見られなかった (図2)。  眼底部カラー写真では、投与期間のどの時点においても、 網膜内に結晶の形成は発見されなかった。これは黄斑キサン トフィルに暴露されたことのない網膜であっても、高投与量 に暴露された場合キサントフィルを取り入れることが可能で あることを示唆している。逆に、通常網膜に存在しないカロ テノイドを高用量で与えると、このように良好な反応は出ず に結晶生成に至ることがある。


結 論
アカゲザルでは、出生後全期間という長期間においてキサ ントフィルの欠乏があったにも関わらず、ルテインおよびゼ アキサンチンを摂取することにより、血清中キサントフィル 量および黄斑色素が増加した。したがって、この種はAMDに 対する保護メカニズムの研究モデルとなることが可能である と思われる


EGCGの抗ガン作用

エピガロカテキン-3-ガレート(EGCG)による血管系腫瘍の成長阻害
Gianfranco Fassinaら, Clin Cancer Res.10; 4865-4873, 2004より

 緑茶の摂取は、一部の腫瘍について発生率の低下と関連すると言われている。現在のデータではこの科学的予防効果の主要 介在物はエピガロカテキン-3-ガレート(EGCG)であると示唆されており、これは乾燥茶葉に最も多く検出されるポリフェノ ールである。そこで今回は、特に腫瘍成長に関連する腫瘍細胞および内皮細胞についてEGCGの効果を検討するため、高度血管 性のカポジ肉腫(KS)腫瘍モデルおよび内皮細胞に対する緑茶およびEGCGの効果をin vivoとin vitroにおいて試験した。 本研究結果から、緑茶ガレートは、血管系腫瘍治療における化学的予防または補助薬としての設定に使用される可能性のあることが示唆される。

内皮細胞およびKS-IMM細胞の成長に対するEGCGの効果
  EGCGの細胞成長に対する効果を先ずin vitroで試験した。 その結果、25μM以上のEGCG濃度ではKS-IMM細胞の成長を有 意に阻害し(図1上)、50μM以上の濃度においては合計細胞 数を明らかに減少させた。EGCGによる同様の成長阻害効果は ヒト臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)においても観察され、25μM のEGCGでは72時間後から強く細胞増殖抑制効果を示した(図 1下、P<0.001)。

アポトーシスへ及ぼす影響
  EGCGの細胞成長に対する効果が潜在的にアポトーシス的ま たは細胞毒的であることが示唆されたため、EGCGのアポトー シスへの影響を調べた。24時間処理においては、EGCGの低い 投与量(10〜25μM)ではカポジまたは内皮細胞のどちらに おいてもアポトーシスや壊死への影響は観察されなかった。

しかし25μM以上のEGCG投与では、KS-IMMおよびHUVECの双方 で投与量依存的なアポトーシスを誘発しており、どちらの細 胞系統においても50μMという濃度が境界線値であるように 思われる。

EGCGによるKS腫瘍成長の低下
 
EGCGのKS細胞成長と血管形成を抑制する作用を前提に、 EGCGおよび緑茶がin vivoで血管腫瘍細胞の成長を阻害する ことが可能であるかどうかについて調べた。不死化したKS 細胞系統であるKS-IMMは、雄ヌードマウスに皮下注射され ると高度に血管形成性の腫瘍を形成する。KS-IMMの細胞注 射前に、3日から1日おきにEGCGを飲料水により投与する と、水だけを投与した対照群と比較して腫瘍の成長が有意 に低下した(P<0.05)(図2)。更に、対照群の90%におい て大型の腫瘍が形成されたのに対し、処理マウスではすべ て大きさの限られた成長の遅い腫瘍を発症するに止まっ た。試験動物の体重には差異は見られず、EGCGの毒性は、 限られたものであるか或いは毒性のないことを示している。 EGCGを投与したマウスでは腫瘍の大きさに50%の減少が見 られた。



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